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オーバーシュート

2020年3月26日

オーバーシュートの定義が曖昧でわかりにくかったが、専門家会議が定義を明確にしたので、ここにできるだけ、そのままの文言で抜粋しておく。

オーバーシュートというのは、一時の武漢、今のイタリアなんかで実際起きた、あるいは、起きているわけですけど、オーバーシュートの定義といのは、ヨーロッパの経験に基にして作ったのですが、累積の感染者の数が倍化するのに要する時間が2,3日であることが、オーバーシュートが起きている時の状態なんですね。今の東京なんか、詳しいことは日々動きますから、大まかな傾向でいうと、3月の上旬では、倍化時間というのは、10,11日ぐらいだったんですよね。今になってみると4,5日で、まだ、2,3日には届いていないんですけど。今は、いわゆるオーバーシュートの軌道がありますね、この傾きが、急峻な。この傾きの急峻なところに入りかけたら困るという、文字通り今重要な時期に。これからやるべきことは当然このオーバーシュートの軌道に入らないで、できれば、ここの傾きを平たくするか、下向きにすることが今求められていると思います。

NHKスペシャル「“感染爆発”をどう防ぐか」2020/04/04 21:00-22:00 での、尾身氏(新型コロナウィルス感染症対策専門会議副座長 地域医療機能推進機構 理事長)の発言から。2020/04/04 21:00 閲覧

国際疫学学会が著作権を持つ、”A Dictionary of Epidemiology” を、日本疫学会が翻訳し、日本公衆衛生協会が翻訳著作権を有する「疫学辞典 第3版」[1] には、Overshootの語はない。この間よく聞く、Epidemic, Pandemic, Outbreak のほか、Endemicなどは存在する。Overshootは本当に疫学用語?という疑問が出る。

医学用語辞典[2]には、Overshootの語が収載されているが、そこには次のように説明されている。

Overshoot n. 1. 行き過ぎ、高望み[やりすぎ]による失敗; 〔生〕オーバーシュート⦅活動電位があるときの細胞の膜電位が急激に変化して分極の方向が変わること⦆;〔工〕⦅過渡応答の際の定常状態に対する⦆行き過ぎ量。

これは今回のオーバーシュートの意味に適用はできないだろう。

[1] J. M. Last and 日本疫学会, 疫学辞典. 第3版. 2000.
[2] 石田名香雄, 研究社医学英和辞典. 東京: 研究社, 1999.

2020-04-07 専門家会議が言いたいovershootをポンチ絵にすると…

以下は初稿

オーバーシュートは、「患者の爆発的な急増」とか、「爆発感染」とか、「感染爆発」とかの訳語が定着しつつあるが少々異を唱えたい。このような訳語では本質の議論が抜け落ちてしまう。今のコロナ禍(SARS-COV-2ウィルスによるCOVID-19症の拡大)の文脈では、オーバーシュートは漢語で「医療資源超過」(要するに、「資源不足発生」である。)とするよう提案したい。

「医療資源」、「オーバーシュート(医療資源超過)」、「患者数の増加」、「医療崩壊」、「感染爆発」の関係を説明したい。オーバーシュートという単語は、キーワードではあっても、それほど特異な意味はなく、それ自身とその背景にある重要な概念のセットとその関係(ontology)を理解するには、overshootの一般的な意味を理解すれば十分である。オーバーシュートは、英語で、overshootと書く。

英英辞書を見ると、

1. Go past (an intended stopping or turning point) inadvertently.
‘they overshot their intended destination’
[no object] ‘he had overshot by fifty yards but backed up to the junction’ 1.1. Exceed (a financial target or limit)
‘the department may overshoot its cash limit’

LEXCO powered by Oxford

つまり、[1] 目的の停止位置、または、折り返し点を、間違って行き過ぎること. あるいは、[1.1.] 超過すること. (ここでは、財務目標とか限度)と書いていますが、その他でも同じでしょう。

辞書からではなく、一般の文書から、overshootの用例を挙げておきましょう。

 We are convinced that realization of the quantitative restraints of the world environment and of the tragic consequences of an overshoot is essential to the initiation of new forms of thinking that will lead to a fundamental revision of human behavior and, by implication, of the entire fabric of present-day society.

‘The Limits to Growth’, Club of Rome. 1972 https://clubofrome.org/publication/the-limits-to-growth/ (accessed Mar. 26, 2020).

ローマクラブが出したレポートとして当時話題になり、その後大きな影響を与え続けている文書です。地球環境の(天然)資源有限性について言及した初期の文書です。

(提案)オーバーシュート定義

話を元に戻して、オーバーシュートを、今のコロナ禍の文脈で、
『医療供給(資源)を、医療需要が超えること』
と定義しておきます。次に、定義はこれで十分であるが、その他の関連用語と関連付けて説明してみたい。ここでポイントがあります。医療資源とは、一般的(generic)に言っています。

患者数が増加し、医療資源の限界を超過(overshoot)すると、患者数が、爆発的(suddenlyー突然に)に増加(患者数の爆発的増加)し、その数の制御(control)が困難になり、医療崩壊(collapse)を導く。感染者数に対する患者数(罹患率)はほぼ一定と考えると、上の患者数は感染者数に比例する。ここでは、爆発的にというのは、オーバーシュートするまでの増加する様相とは異なる新しい様相による急激な増加である。新しい様相においては、感染能力者増加を抑制する医療資源(実効再生産量R1の下振れ圧力)の毀損によるR1の急激な増大が伴う。感染能力者数は、感染者数の一定の割合である。

感染者増加数 > 感染能力者増加数 > 患者増加数。

感染のメカニズム

感染者数の増加メカニズムは二つある:
1.国内(あるいは地域)にいる感染能力者が未感染者に複数感染させることによって、1人の感染者が、複数の感染者を生むことによる(ネズミ算的、指数的増加)[endemic]
2.国外(あるいは地域外)にいる感染能力者がその国(あるいはその地域に)移入してくることによる増加である。[pandemicにみられる特徴]
【注意】 2による増加分は1による増加に寄与することも重要ポイントである。”overshoot and collapse” というのが、System Dynamics や人口学、環境工学や生態学の中で知られた1モデルとしてあるようだ。

現状

上の定義と一般的な説明に基づいて、現状を分析すると、次のように表すことができます。ここで重要なのは、上の定義を具体的(specific)な事例に適用するときには、具体的な医療資源を念頭に置くということです。今世間の議論では、日本がオーバーシュートしているとかしていないとか言っていますが、これは何の医療資源について言っているのか不明です。「資源」という言葉についても見直しが必要ですが、ここでは、金沢庄三郎 (1934) 『広辞林』の語釈 http://id.ndl.go.jp/bib/000000685607 の
『もとづき依りて利用する本源』
としておきます。なんで、そんな古い辞書と思われるかもしれませんが、それについては後に説明・議論します。

マスク及び消毒液はオーバーシュート

マスク及び消毒液(医療資源)は供給が需要に追い付いていませんから、すでにオーバーシュート状態です。ここでは、医療資源とは、一般のケア製品も含めて広く考えることにします。日本人は多くの人が偶然マスクを以前からしていましたから、無症状感染者であっても、感染を引き起こさない可能性の高い状態にありました。しかし、マスク不足(需要が供給をオーバーシュートした結果)となった結果、感染リスクを高めました。小さな感染爆発(クラスター形成)が起こっている恐れがあります。

PCR検査はオーバーシュート

医療機関でPCR検査もオーバーシュート状態です。医療機関では、PCR検査時に、サンプリング時に医療従事者(コロナファイターズ)が感染するリスクが高いため、フェイスマスクとか、ゴーグルとか、防護服とかが必要です。しかし、足りていないと、報道でそれを訴える現場の医師の声が聞こえています。日本医師会は、最近、インフルエンザ診断のための検査を一時的に止めるように医師に対して提言しています(NHK 2020年3月11日「“インフル検査 控えて” 医師会 予防策とれない医療機関に」2020-03-23閲覧)。すぐにでも、PCR検査の増加をするためには、PCR検査に必要な資源を緊急供給できるように政府は対策をとる必要があります。PCR検査の資源とはPCR検査機器を含んではいても、それだけでは、「利用」できませんから資源の先に挙げた定義から資源とは言えません。利用できるように周辺要素を整備してこそ資源なわけです。

感染を防ぐ隔離病床はオーバーシュート寸前

隔離病床は、感染能力者(他の人を感染させることのできる人)が非感染者に接触する機会を遮断しつつ、感染者が過ごせる病床です。これがオーバーシュートしようとしています。言い換えると、このままいけば、近いうちに隔離病床需要がその資源(ストックといってもいい)を超過しようしている。都知事が、「重大局面」の表現がそれでしょう(都知事は具体的にどの医療資源かは言いませんでしたが、その記者会見より前に医療病床の確保を言っていたので頭にはあったはずですが、オーバーシュートと関連付けているかは不明です)。NHKのアナウンサーはそれを説明して、「瀬戸際にある」といいました(確かにこちらのほうがわかりやすい。)大阪知事も、病床確保をしようとしているので同じでしょう。つまり、(隔離)病床についてはオーバーシュート寸前と思われます。

人工呼吸器はオーバーシュートについて不明

2020-03-26午前のNHK BSでの、フランスF2のニュース放送で、フランスでは人工呼吸器がオーバーシュートしないか心配しているようでした。その報道によれば、フランスの人工呼吸器は30,000台あるが足らなくなるかもしれないので、緊急に増産を政府は企業と協議に入っているようです。日本の実情はどうなんでしょう。人工呼吸器資源数を調べて政府は報告することになっていたはずですが、いまだに公表されていません。

ICU(集中治療室)/ ECMO , 救命最終資源 (最終手段、the last resource)の状態は?

ECMOについては今回初めて小生も知りました。知らない人もいるかと思うので、専門家の文言を抜粋しておきます。人工呼吸器でも救命できない人を救命できる装置のようです。

患者から静脈血を取り出し、 ポンプを使用し、回路へ血液を通して、 人工肺で酸素化・二酸化炭素を除去した血液を、 再度、患者の静脈または、動脈へ戻す…

日本てんかん学会 2020-02-23 閲覧

ICU(集中治療室)/ECMOは、救命の最終資源(最終手段、the last resource)だと思います。したがって、これが、致死率に直結します。この資源の状態は?―専門家委員会は把握していると思いますが、報道があってもよいと思われます。透明性のある対応を期待します。

一部医療施設でのクラスター発生―オーバーシュートによる

一部の病院で、医療従事者の新型コロナウィルス感染が発生していますが、これは、何かの医療資源がオーバーシュートしたためと考えられます。資源の概念はgenericであるが、問題適用するときにspecificに考えるメリットがここにあります。「どんな資源がオーバーシュートしていたのだろうか」と。具体的に何か、報道されていないのが残念です。報道機関も資源というgenericな言葉を聞いたときに、合わせて、specificに考えていないのではと心配されます。オーバーシュートしている考えられる具体的な資源(原因)を、例えば、次のように考察できます。

一般診療をしている間に、無症状感染者がいてその時に感染した―無症状感染者であっても検査、または、防護策(ゴーグルやマスクの着用等)が採られていなかった―採るだけの資源が無かった―資源供給が追い付いていない。防護服がオーバーシュートした。検査が行われていれば―検査資源が十分であれば、このリスクは低減できたはずです。

ほかの原因かもしれません。検査手順の問題があったかもしれません。こういった手順も適切なものが医療従事者に提供されている必要があります。これも、資源の一種です(奇異に思われる方は後に「資源」について議論を参照してください。)

その医療施設は、一定期間閉鎖し、消毒処置が必要ですから、小さな医療崩壊(collapse)が起こったとみることができます。このようなことが、日本であちこち起こると、日本全体で大きな医療崩壊の事態ということになります。

この医療施設でのオーバーシュートが何であったのか、よく調べて他の医療機関は他山の石とし、また、政府は今不足している資源が何かをいち早くつかむ必要があります。

医療資源状況情報源

》2020-03-28 1:00追記
次のページは、 病床等の医療資源等の現状を府県別にわかりやすくまとめてくれている貴重なページです。
  COVID-19 Japan

資源は、物に限らない。「助けになるもの」

この考察で重視したいのは、これらの資源の量とは、単に物理的な量例えばPCR検査キットの量ではなく、それらの、機器などが機能を果たせる容量です。その機能を果たすために必要な関連物資やそれを支える人的資源についても足りていなければ、それらの資源はタスケ(役に立つもの)になりません。資源とは、オランダ語で、hulp+bron (助け 元)といいます。resourceと同じです。日本でもresourceは、明治初期には、扶ケ(タスケ)、とか、倚頼(ヨリスガリ)としていました。例えば、蘭学も学んだ荒井郁之助(初代中央天文台長)が編纂した「英和対訳辞書」(1872年 明治5年)では下記のようにしていました(下図)。

資料: 国会図書館デジタル資料 

もとをただせば、「資源」の意味は、「助けになる」ようなものであって―ここでものとは物質ではなく、事物と考えてください。たとえば、技術とか概念とかソフトウェアとか物体でないものでもたすけになるものです。

ちょっと余談ですが、ひょとしてみてくれるかもしれない、小中学生のためにこのようなヒントを書いてておきます。 ”go to school ”となぜ、schoolに冠詞を付けないか教わっていますよね。調べてみてください。schoolとは建「物」のことでしょうか?

現代の英英辞書には、「資源」に対応する “resource” を次のように説明しています。”A stock or supply of money, materials, staff, and other assets that can be drawn on by a person or organization in order to function effectively.”なお、この中のassetとは、”A useful or valuable thing or person.” です。「物」に限定されていないことに注意してください。thingも「物」には限りません。事象もまたthingです。このresourceの概念が、明治維新後に導入されたものです。

出典:
1. https://www.lexico.com/definition/resource
2. https://www.lexico.com/definition/asset

資源という言葉のミーム

今、日本が右往左往している印象、議論が上滑りしている印象があります。その根底には、「資源」の概念は、日本に導入された後、歪んでしまって、歪んだ形で日本人のミームになってしまっているのではと小生は見ています。ミーム(meme)とは、動物学者リチャード・ドーキンスが1976年その著書 「利己的な遺伝子」で提唱した概念です。「言語は、非遺伝的な手段で『進化』するように思われ、しかもその速度は、遺伝的進化より格段に速い。」と書いています。遺伝子のように、「自己複製」する単位「自己複製子」であるがそれに”meme” (memory (記憶 英語), même (同じ フランス語))となずけた。欧米ではけっこういまでも日常で使われているとようですが、日本ではこういう時ミームといわずに単に「日本人の遺伝子」と言ってしまっています。

日本では、いつのころからか、「資源」とは、「物資」(物)のことになってしまいました。資源の概念を見直さなければなりません。

「資源」という言葉を聞いたときに、すぐに「物」のことを思い浮かべる日本人が多くなったのはいつからでしょう。明治5年に荒井郁之助はそう考えていなかったはずです(先の図参照)。 国語辞典でも、遅くとも1934年にはモノとは書いていません。たとえば、金沢庄三郎は、「もとづき依りて利用する本源」と語釈しています。利用できなければ、役に立たない状態のものは、資源ではないのです。

(金沢庄三郎 1934 広辞林 http://id.ndl.go.jp/bib/000000685607 )。

漢籍には人名としての「資源」以外見つかっていません。resource (又は、hulpbron)を「資源」と訳したのが、日本か中国か確認できていませんが、中国の古い辞書には、「資源」の語が無く、また、新しい辞書では、日本と同じように「資源」の語を物に限定していて、その点日本と変わらない。資源の概念は、中国と日本で同じミームが伝わっているのかもしれません。

日本では戦後も、人的資源という言葉に、反発を覚える人が少なからずいました―「ものと人を同じにするな」というのです*。例えば、これは、「資源はもの」という考えが今の日本人にミームとして染みついてしまっているからではないでしょうか。そして、国語辞書などもそれに引きずられてきています。「言葉は変わるものだ」とか、「みんなが言うのがただしい」とかいう発想で、最近(といっても昭和初期からですが)の用例を多数集めて語釈を書いていると思われます。このようにして、資源の本来の意味―概念が日本人から失われているのではないでしょうか。資源のgenericの概念は、実際のところ役に立つ概念なのに、それこそ、そういった「資源」という概念資源が日本人から失われたといえます。

以下は、戦後第1回の国会でのある議員の発言であり、国会で拍手が起こったことがわかります。ここから、この時、おそらくすでに「資源はもの」であると考えが日本人に染みついていたことがうかがえます。時々、今でも同じような論述を若い人からも聞きます。

*参照:第1回国会衆議院本会議第9号昭和22年7月2日 議事録

補足:

resource (資源)という言葉は、以前から、気になっていた言葉です。次の記事も読んでください。「Agenda 21 19章を読む - 2 –

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