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物質の分類 一般化学

2019年7月23日

我々日本人が, 身の回りにある物質を分類すると混合物と純物質に分けられると教わるのは現在中学の理科もしくは高校化学の時間であるようだ. では、欧米ではどうか. 何も変わらない.

中学高校で教わる物質の分類/英語は対応する欧米の教科書の記述から筆者が作成。REACH/CLPにおける物質や混合物の概念は完全には一致しない(派生的に変化している)ので注意が必要。REACH/CLPにおける物質の概念については「物質の定義 REACH/CLPの場合 1」で述べる。

例えば、

https://examist.jp/chemistry/structure/bussitu-bunrui/

https://studysapuri.jp/course/guide/movielist/high/high1/science/484/

このような考え方は欧米でも同じように教えられていることを示す例がある。

Google の画像検索で、Classification of substances で検索すると, 我々日本人が理科や化学の教科で教わったものと同じことが欧米で教えられていることがわかる. ただし, そのタイトルは多くの場合, Classification of Matter である(フランス語なら、classification de la matière). Matterを分類してpure substanceとmixtureとしている。

次のページから、フランスでも同じように教えていると考えてもよさそうだ。
https://images.slideplayer.fr/46/11660503/slides/slide_2.jpg
http://www.iesdrago.com/old/depts/fyq/doc/mmar/2EU3Melangescorpspurs.pdf

ドイツでは、どうか。

ドイツでも同じように教えられているとみてよいだろう. ここで, 興味深いのは, このyouTube 動画のタイトルが, “Einteilung der Stoffe – Reinstoffe und Gemische” となっていることだ. Stoffe (物質) を分類して, 純 Stoffe (物質)と混合物に分けている. 日本で教えられているのと同じフレームワークだ。英語圏の例やフランス語圏のように、トップに Matter が来ていない。

次のページは、ベルギーのものだが、ベルギーの公用語の一つがオランダ語であるから許してもらうとして, やはり、オランダ語圏でも同じように教えられているとみてよいだろう。

Materie kan opgebouwd zijn uit een mengsel van zuiver stoffen of uit een zuivere stof. Mengsel bestaan uit meerdere zuivere stoffen bij elkaar.

http://www.mathima.be/ftp/organischeverbindingen/inleiding.html

google translateの力を借りると、次のような意味だ。

物質は、純粋な物質の混合物または純粋な物質で構成できます。 混合物は、いくつかの純粋な物質で構成されています。

上のgoogle translateの力を借りて訳したもの

このMatterの意味は教科書の本文を読めば、「(身の回りの) 物」を指していることがわかる。身の回りの物はすべて混合物か純物質であると言うことだ。一方、Matterは科学の世界では、そして、教科書の世界では、「物質」と称されていると言うこともまた事実である。小松寿雄・鈴木英夫編の「新明解語源辞典」(三省堂、2011年)では、物質の語は幕末期の中国語からの借用であると記載されている;その出典は「英華字典」であり、そこでは、matter, materialの訳語として収載されているそうだ。

Wikipedia 英語版でMatterを見ると次のような説明がなされている:

In classical physics and general chemistry, matter is any substance that has mass and takes up space by having volume.[1] All everyday objects that can be touched are ultimately composed of

2019-07-25閲覧

「古典物理学や一般化学では、物質(Matter) は、質量を持ち、体積を持つことによって空間の一部を占有する物質(substance)である。日常手に触れることのできる物(Objects)は、究極的には…でできていて…」

ニュートリノは、質量を持たないかもしれないといわれ、この古典的なMatterの概念を覆すかとも言われたが結局小柴氏や梶田氏の研究などによって質量 0 ではないことが証明された。

ニュートリノ振動の発見により、ニュートリノがわずかながら質量を持つことが証明されました。それまではニュートリノの質量は0だと考えられていたので、その発見は素粒子の枠組みを説明する「素粒子標準理論」に見直しを迫る、画期的な結果でした。

スーパーカミオカンデについて

結果、「物質は質量を持つもの」と言う概念はいまでも生きている。

物質は空間を占めるもの

われわれの身のまわりの物、あなたも、わたしも、目の前にあるスマホも、そして、夜空に輝く星もすべて物質である。その物質を説明するのに一般化学では(中高教科書では)、ドルトンの原子説やアボガドロの分子説、さらに、素粒子論に踏み込んでいる。要するに、物質の粒子説である。ドルトンやアボガドロをマイルストーンとする物質の粒子説以前は、紀元前から物質はどこまでも分解できるとするアリストテレスの説が受け入れられて、粒子説を唱える科学者(哲学者)もいたのだが(デモクリトスなど)、それは主流派にはなれなかった。

だからといって、 アリストテレスに代表される当時の主流派は決して観念に生きていたわけではなく、日常をよく観察しそれに基づいて理論を組み立てていた―実証主義的であったといえる。そういう意味では、現代の科学者と何ら変わりはない。彼らには高度な技術に裏打ちされた実験を観察するという手段はまだなかっただけである。

アリストテレス派は、物質の根源を追及していた。彼らは、物質は「水」「土」「気」「火」の四元よりなるという四元説を唱えていたことはよく知られている。アリストテレスの前、紀元前450年頃に、この四元説を唱えたのがエンペドクルス(empedocles)である。また、アリストテレスの時代から、空間に真の空の状態―真空はありえないという説が18世紀ごろまで長らく信じられていた。

エンペドクルスは、空気は水と同じように物質であることを実証したと評価されている。(米国環境保護庁(EPA) “The First Demonstration: Proof that Air is a Substance”) 漏斗の出口を指でふさいで、水槽に押し込むと漏斗の中には水が入ってこない。しかし、指を離すと勢いよく空気がそこから出るとともに、空気が占めていた空間が水に置き換わったのを観察して、水と空気は空間占有に対して排他的であり、空気も水とおなじようなもの―物質―と実証したというわけだ。空気とは、空の気ではないのである。空箱と言ってもそこには何もないわけではなくそこには空気と言う物質があるのである。つまり、空間に真の空の状態はない、と言うのが当時の考え方であろう。

この前提には、物質は空間を占有するものという概念があることは明らかだろう。そして、その概念はいまだに生きている。

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