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塩化水素は呼吸器感作性か?―2. 現在の呼吸器感作性分類根拠の問題点

2018年1月27日

塩化水素は呼吸器感作性ではない

要約

塩化水素は呼吸器感作性に分類できない。政府が2015年に実施したGHS分類で、呼吸器感作性に分類している根拠は、 1)日本職業・環境アレルギー学会の分類、2) ACGIHが文書に記載している塩化水素への暴露の症例である。しかし、1) 同学会は現時点では塩化水素を呼吸器感作性に分類していないし(日本職業・環境アレルギー学会監修 (2016) 職業性アレルギー疾患診療ガイドライン2016)、2) ACGIHもその暴露症例でもって(呼吸器)感作性に分類していない(ACGIH 2003 TLV® and BEI® based on the Documentation of the Threshold Limit Values for Chemical Subastances and Physical Agents & Biological Exposure Indices 2003 とそのHClに関するDocument, ACGIH 2000)。その暴露事例の原論文でもその症例を「非感作性」への分類を提案している(Boulet, L. P. (1988). Increases in airway responsiveness following acute exposure to respiratory irritants: reactive airway dysfunction syndrome or occupational asthma?. Chest, 94(3), 476-481.)。

前のページで記載したように、厚生労働省と環境省が実施した、2015年9月10日付けの政府GHS分類で、塩化水素は呼吸器感作性に分類し公開されている。次の見直しで呼吸器感作性の分類が外されることが期待される。ここでは、塩化水素はGHS呼吸器感作性に分類される根拠がなくなったことを簡潔に記載し、後に詳しく論じることにする。

塩化水素はやはり危険物、しかし、呼吸器感作性ではない

いうまでもないが、塩化水素が呼吸器感作性でないとしても、腐食性物質であることは変わりなく金属を腐食し、皮膚を腐食する。当然、吸入すれば、気道や肺に炎症や薬傷がおこることはいうまでもなく、塩化水素とその水溶液である塩酸は有害な物質である。塩化水素や塩酸では接触や吸入をしないように注意した取扱いが求められる。

ただ、腐食性もしくは刺激性と呼吸器感作性は明らかに違う性質である。ある物質が呼吸器感作性であれば、その物質に曝されて(暴露して)感作した人は、微量のその物質に特異的な反応を起こすことになり、単なる腐食性物質もしくは刺激性物質とは異なる対策が求められることになる。

なぜ、政府は塩化水素を呼吸器感作性に分類したか

NITE GHSサイトには、2018年1月27日現在、塩化水素を政府が呼吸器感作(区分 1)に分類した根拠が次のように書かれている。

「日本職業・環境アレルギー学会特設委員会にて作成された職業性アレルギーの感作性化学物質の一つとしてリストアップされているので区分1とした。なお、ヒトで塩化水素を含む清掃剤に曝露後気管支痙攣を起こし、1年後になお僅かの刺激により喘息様症状を呈したとの報告がある(ACGIH(2003))。」

なぜ、現時点では塩化水素は呼吸器感作性でないといえるか

1. 日本職業・環境アレルギー学会 感作性化学物質リストから外れた

政府が塩化水素を呼吸器感作性とした根拠の一つが、日本職業・環境アレルギー学会特設委員会が作成した職業アレルギー感作因子のリストに塩酸が記載されていたことである(塩化水素呼吸器感作政府根拠 1)。確かに、2004年に「‘有害性に基づく化学物質の国際調和分類基準(GHS)’の呼吸器皮膚感作性の分類基準に準拠した職業アレルギーの感作性化学物質(58 種類)」が提案され、その中で、典型的な呼吸器感作性物質であるトルエン-2,4-ジイソシアネート(Toluene-2,4-Diisocyanate)とともに、塩酸(塩化水素水溶液)が記載されていた。ただし、これは学会としての案文でありいわば候補リストである。その後、同学会が公開した『職業性アレルギー疾患診断ガイドライン 2016』では、塩酸等はリストから外れている(同書 表1-3 職業性喘息を引き起こすと推定される吸入物質および職業)。このリストでは、案文にはなかった判断根拠となるエビデンスとそのレベルが記載されている。

2. ACGIH (2003) は、塩化水素(塩酸)を呼吸器感作性としていない

もう一つの根拠がACGIH (2003) に関する記載である。つまり、「なお、ヒトで塩化水素を含む清掃剤に曝露後気管支痙攣を起こし、1年後になお僅かの刺激により喘息様症状を呈したとの報告がある(ACGIH(2003))」(塩化水素呼吸器感作政府根拠 2)である。

この一文の「なお」という表現が気になるが―主要情報でなく参照情報と言いたいのだと思うが―、それはさておき、ACGIH (2003) の記載を見てみよう。

この記載は、ACGIH が、2000年に発行した、“Hydrogen Chloride: TLV(R) Chemical Substances 7th Edition Documentation” というタイトルの文書からの引用である。この文書と、それを含む複数のDocumentsに基づきリストとしてTLVs®を記載した、ACGIH 2003年発行の”2003 TLVs® and BEIs® based on the Documentation of the Threshold Limit Values for Chemical Substances and Physical Agents & Biological Expousre Indices.”を見てみよう。

【ACGIHとは】アメリカ合衆国産業衛生専門官会議(Association Advancing Occupational and Environmental Health) のことだ。ACGIHは米国における労働者と作業環境の健康と安全を守るために、作業環境の化学物質の許容限界値(TLVs®)を勧告し、許容限界値(TLVs®)を記載した文書『TLVs and BEIs』を毎年発行している。ここには許容値を勧告した物質のリストが、表 Adopted Values として含まれている。この表には、Notationsとして、多くの人が知るように発がん性クラスA1-A5が記載されている。そのほかに、感作性であるか否かを示す SEN の記述もなされている。これらによってACGIHがどの物質を発がん性物質したかがわかると同時に、感作性物質としたかがわかるようになっている。

ACGIHの『2003 TLVs and BEIs』(2003年度版 TLVs and BEIs)では、典型的な呼吸器感作性物質である、Toluene-2,4- or 2,6-diisocyanate (トルエン-2,4-ジイソシアネート 及び、トルエン-2,6-ジイソシアネート)について感作性物質としている(Notations 列にSEN と記載)、TLVを決定づける影響(Critical Effect(s))として、”Respiratory, sensitization” と記載されている。一方、焦点の塩化水素(塩酸) ではどうかというと、Notations 列には、SENの記述はなく、また、Critical Effects としては、irritation(刺激性), corrosion(腐食性)の記述しかない。

ACGIHの『2017 TLVs and BEIs』(2017年度版 TLVs and BEIs)で、これらについての基本的な変更はない。toluene diisocyanate, 2,4-, or 2,6- (or as mixture) に対して、 Notations列には”DSEN; RSEN”が記載され、Critical Effects列には、”Asthma; pulm func; eye irr”と記載されている。DSEN, RSENは、それぞれ、皮膚感作性、呼吸器感作性を意味する(Asthma 喘息, pulm func: pulmonary function 肺機能, eye irr: eye irritation 眼刺激性)。それに対して、塩化水素では、Notations列には、感作性を示すNotationsがなく、Critical Effects列には ”URT irr” との記載しかない(URT: upper respiratory tract 上気道, irr: iritation 刺激性)。

日本政府が2015年段階で塩化水素を呼吸器感作性として判断した根拠となる記述(塩化水素呼吸器感作政府根拠 2)は、このACGIHによる2003年の勧告をだすためにACGIHが文献調査をし、その結果を記載した文書の記述である。その文書は、ACGIH 2000年発行の”Hydrogen Chloride: TLV® Chemical Substances 7th Edition Documentation” であり、その文書はACGIHのwebsite から電子版を購入できる。政府の根拠の該当箇所の記述を抜粋すると:

“In one case report by Boulet,(21) the subject was exposed for 1 hour to a pool-cleaning product that contained hydrogen chloride. The subject developed rapidly progressive and severe bronchospasm and still had marked asthma symptoms 1 year later that were triggered by exercise on inhalation of trivial concentrations of irritants.”

塩化水素呼吸器感作政府根拠 2は、これからの一部抜粋引用であり、これを根拠としてることは明らかであり、同じ情報でACGIHが「感作性」(もしくは「呼吸器感作性」)としていないのに(2003, 2017 TLVs® and BEIs®で確認)、政府2015年分類では「呼吸器感作性」としたことになる。残念ながら、同じ情報でなぜ政府が異なった判断をしたかについては明らにされていない。

この塩化水素呼吸器感作政府根拠 2 になっているACGIH (2003)のこの記述は、次の論文に基づいている–ACGIHが塩化水素について文献調査した結果えられた研究論文の一つ。

Boulet, L. P. (1988). Increases in airway responsiveness following acute exposure to respiratory irritants: reactive airway dysfunction syndrome or occupational asthma?. Chest, 94(3), 476-481.

この論文は、現在は次で無償で閲覧できる: http://journal.chestnet.org/article/S0012-3692(16)30147-7/fulltext

次にそれを見てみよう。

3. 原論文 Boulet (1998)は、塩化水素は、非感作性要因としている

Boulet (1998)は、塩化水素を非感作性の反応性気道不全症候群の因子に分類している。ACGIHはこの論文の趣旨に沿ってそれを要約して先の文書に記していることがうかがえる。

具体的には例えば、序文の最後のパラグラフで次のように述べており、原論文自体も「感作性」を否定していることがわかる。

“We report five cases of persistent increase in nonspecific bronchial responsiveness after acute highlevel exposure to sulfuric acid, a bleaching agent, hydrochloric acid, perchloroethylene, or toluene diisocyanate. The two last cases are suggestive of occupational asthma following intense short-term exposure to sensitizing agents, while in the first three, airway hyperresponsiveness seems to result from a nonsensitizing mechanism such as the reactive airway dysfunction syndrome.

下線部を訳すと「最初の三ケースにおいては、過敏反応は、反応性気道機能不全症候群のような、非感作性機構からの結果であるようだ」といっている。 この “the first three cases” は、 1) “a cleaning compound containing. sulfuric acid”, 2) ” a bleaching agent…low-density phosphates”, 3) a product containing hydrochloric acid であることがcaseごとに記載されていてわかる。”two last cases”が、4) perchloroethylene 及び、5) toluene diisocyanate である。したがって、塩化水素は、非感作性機構による気道の過敏反応が起こりはするが、「感作性」物質とはできないというのが趣旨である。

結論

上記のように明らかに塩化水素を呼吸器感作性とする根拠はなくなった。近い将来に開かれるであろう政府のGHS分類に関する会議で、塩化水素についての呼吸器感作性分類が「分類できない」となることを期待してよいだろう。

備考

呼吸器感作性の問題についてより一般的に、ACGIHによる文書、『日本職業・環境アレルギー学会の職業性アレルギー疾患ガイドライン 2016』、その他の文書に基づいてより詳細に上のことを論じる予定である。

公開日 2018/01/27
最終更新 2018/01/31

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